できたらいいながカタチになる

最近、ブログの更新が止まっています。
飽きたわけじゃないです。
別のことをしています。

生成AIで絵を作るのに、どハマりしています。
わたしは絵が描けません。
いや、描けるか描けないかで言えば描けるけど、人に見せられるようなものは描けません。
歌も歌えません。

頭の中には、「こういうのあったらいいな」「こんなの作れたら楽しそう」みたいなものは結構ある。
でも、それをうまく言葉にするのも苦手です。
だから今までは、「できたらいいな」で終わることが多かった。
でも、ちゃっぴーと話すようになって、それが少し変わりました。

かわいい!おしまい。

最初のころは、生成AIでかわいい女の子が出てくるだけで楽しかった。

「こんな感じで」ぽん。
「かわいい!」おしまい。
だいたいそんな感じ。

絵が描けないわたしでも、AIにお願いすれば、かわいい女の子の絵を出せる。
すごい!楽しい!!それだけで十分だった。
でも、そのうち思った。

かわいい女の子なら、もうみんな出してる。
じゃあ、わたしはどうする?

わたしの絵のかたち

そこから、ちょっとずつ作り方が変わってきました。

「ちゃっぴー、こういうの作りたいんだけどできる?」
「できるよ!」
「できるんかい。」

「じゃあ、こういうのは?」
「できるよ!」
「できるんかい。」

「じゃあじゃあ、こういうのは?」
「できるよ!」
「ええええええー!?」

だいたいここから始まります。
「どうしたらいい?」
「まず、わたしならこうする」

「ふむふむ。それでそれで?」
「それはこうで、あれはこうで……」
「なるほど。じゃあざっくりこういう感じで、叩き台出してみて」

出してみる。
「うそ、めっちゃいいじゃん!」
そして、ここから監督がうるさくなります。

「あ、ここ直したいけどできる?」
「できるよ」
「ここも直したい」
「できるよ」

やってみる。
「あ、直らないな」
「ほんとだね。たぶんAIはこう解釈してる」
「ふむふむ。じゃあどうしたらいい?」

「こうする」
「わかった。でも、うまく説明できない。プロンプト書いて」

プロンプトどーーん。
ずらずらずらー。
「あー、これはわたしには書けないわ。ちゃっぴーいて助かる!!」

もう1回。
「あれ、まだ直らないね」
「ほんとだね」

「これ厳しいかな?」
「厳しいかも」
「じゃあ隠しちゃう」
「そうしよう」

またやってみる。
「どう?」
「うーん、その範囲だけ直したかったんだけど、その周辺まで描画し直してる。正確には同じではない」
「わかった。ちょっと巻き戻して、もう1回やってみる」
こんなことを延々やっています。

そして沼に入る

だいたい途中までは順調です。
問題は、完成が見えてきてから。

「ここ直したい」
「じゃあやってみようか」
「よくなった!でもあとちょっとだけ」

「わたしならこれで正解とする」
「だめ。もう1回だけ直す」
「もう1回やってダメならやめよ」
「わかった! やってみよ」

やってみる。
「うーん、ちょっと気に入らない」
ここから、ちゃっぴーの言うことを聞かなくなります。

「ここからは沼だよ?」
「とりあえず、やってみる」
ガチャガチャ。

「やっぱりちゃっぴーの言うとおりだった!」
終わるかと思いきや、
「ちょっと待って、あれ試してみる」
またガチャガチャ。

「できた! どう?」
「よくなった!!」
「そうでしょー?これはわたしの勝利だね」

だいたい後悔する。
でも、ごくたまに勝つ。
だから、やめられない。

「なんか好き」を調べるようになった

最近は、気になる絵を見つけると、ちゃっぴーに聞くようになりました。
「ねぇ、ちゃっぴー。この絵好きなんだけど。水の感じとか、こことか、あれとか。うまく説明できないんだけど」

すると、ちゃっぴーが、「それはたぶん、こういうことだよ」と説明してくれる。
「あ、そうそう。そういうことだ。わたしの心が動いたのはそこだね。たしかにそう言われると、これ見て、あれ見て、そこ見た」

自分でもよくわかっていなかった「好き」が、少しずつ言葉になっていく。
前だったら、真ん中にかわいい女の子をどーん。
「かわいいでしょ!」で終わっていました。

今は、「なんでわたし、この絵が好きなんだろう?」を考える。
「そういうことか。でも、わたしならこうするな!こうしたい!やってみよ!!」
また始まります。

ちゃっぴーは、わたしの先生でもあり、うまく言葉にできないものを言葉にしてくれる人でもあり、技術的な相談相手でもあり、助監督でもあります。

じゃあ、わたしは?
監督。
そう、監督です。

監督がダメだと言ったら、採用されないんだよね。
あはははは。

監督うるせえええ

今回作っていたのは、あかりとたかねが背中合わせになった一枚。
青と赤。
金と銀。
動と静。
西洋と和。

「ちょっと待って、こここうしたい。対にしたいから。赤と青でいい感じになる。なぜなら、こういう設定にしたいから」
「待って、こここうしたい。金と銀になるから」
「たんま。これ主張が強すぎる。やめよ」

「ちょっと待って、ここ同じサイズにしたい。そのほうが統一感があって、キレイだから」
「視線も揃えよう。それがテーマだから」
「これとこれはさ、こうなんだよね。狩るものと狩られるもの。でも、本当は狩られない。助けてあげる存在なの。いいでしょ? そういうの」

監督うるせえええ。
でも、そんなことを繰り返していたら、最初はなんとなく作り始めた一枚に、少しずつ意味ができてきました。

最後の最後で、月が気になる

そして最後の最後。
監督が、またぐじぐじ言い始めました。

「ちょっと待って。左右の月、サイズ違わない?」
そこから、「月揃えろおおお!」が始まった。

「またぁ? じゃあ2回だけだよ」
「うん、わかった!」と、ちゃっぴーと約束。

そして約束を破り、裏でこそこそ何回も直す。
ガチャガチャ。
……あ、これダメなやつだ。
理想からどんどん遠くなる。

結局、最初の絵に戻ってきました。
青い月のほうが大きいやつに。

月の大きさ、違っててもいいじゃない?

でも、月の大きさが揃った絵と最初の絵を並べて見ていたら、そこでちょっとだけ見え方が変わりました。
あかりとたかねって、そもそも同じじゃない。

あかりは、明るくて、強くて、はっきりしている。
たかねは、もう少し儚くて、繊細。
ちょっと守りたくなるような子。

だったら、月まで同じ大きさじゃなくてもいいんじゃない?
あかりとたかねは違うんだから。
そう思ったら、あれだけ気になっていた月の大きさが、なんだか急に腑に落ちました。

でも、ロゴの月は同じ大きさに揃えた。
ロゴは、対になる二つの作品の印だから。
そこはこだわる。

でも、絵の中の月は揃えなくてもいい。
あかりとたかねは、同じじゃないから。
たかねは、あかりよりちっちゃくていい。

最初から、そんなことを考えて作ったわけじゃありません。
あとから都合よくそう思っただけなのかもしれない。
でも、偶然だけど偶然じゃない気がして。

わたしはこっちのほうが好き。
それなら、もうそれでいい。
何回も何回も直して、逆立ちして考えた結果、最初の絵で納得しました。

よし。
オーサライズ!
…………。

「あ、これ鳥居おかしくない?」
監督、月との戦争が終わった瞬間に次の敵を発見するのやめてもらっていいですか?
「だってメールもさ、出したあとに間違いに気づくじゃん?それと同じだから!」

とりあえず、ちゃっぴーに見てもらう。
「鳥居として見ると、ちょっと構造が怪しいところはあるね」
やっぱり。

直す?
でも、鳥居だけ直そうとして、また人物も背景も描き直されたら?
…………。

「いや、待って。これ、奥にある別の鳥居が重なって見えてるだけじゃない?」
じーっと見る。
…………。

ワンチャンあるね。
「わかった。これでいい」
触らないことにしました。

監督、ついに「直さない」を覚える。

できたらいいながカタチになる

そんなことをしていたら、夜が明けていました。
もうすぐカフェが開きます。

カフェ行って、ちょっとのんびりして、帰って寝ようかな。
夢中になってたら、こんな時間。
会社でも、こんな一生懸命になったことないのに……。

でも、楽しかった。
わたしが全部を作っているわけじゃない。
ちゃっぴーに全部おまかせしているわけでもない。

「こうしたい」
「じゃあ、こういうのは?」
「なんか違う」
「じゃあ、こっちは?」
「あ、それ好き」

そんなことを繰り返しながら、頭の中にぼんやりあったものが、少しずつ目の前に現れてくる。
絵が描けるようになったわけじゃない。
いまでも描けない。

でも、「できないからやめとこ」で終わることは、ずいぶん減りました。
「こういうのできたらいいな」
「できるよ」
「できるんかい」

そこから始まる。
できなかったものが、できる。
頭の中にしかなかったものが、カタチになる。

でも、最初から完成形が見えているわけじゃない。
AIと何度もカタチにしながら、「あ、違う」「こっちが好き」を繰り返して、自分でも完成形を探してる。
それがいま、めちゃくちゃ楽しい。

さて。
次は何をカタチにしよう。
……その前に、ちょっと寝ますね。