『バックルームズ』を観た。気づいたら、わたしも中にいた

※この記事は『バックルームズ』のネタバレを含みます。

『バックルームズ』を観てきた。
観終わった直後の感想は、ものすごくシンプルだった。

意味がわかんない。

駄作だったとは思わない。
たぶん、わかる人にはわかる。

ものすごくお金がかかっているようには見えないのに、安っぽい映画にも感じなかった。
観たことを後悔しているわけでもない。
でも、意味がわかんない。

現実なのか、空想なのか。
どこからどこまでが本当に起きていることなのか。
その線引きすら、わたしにはよくわからなかった。

そして、わからないものを頭の中に置いていかれたような、なんともいえない気持ち悪さだけが残った。

考察を読めばわかると思った

こういうときは、みんなの考察を見てみる。
すると、かなり共通して出てきた言葉があった。

「リミナルスペース」

知らない。
調べてみると、廊下や階段、誰もいない商業施設みたいな、本来はどこかへ移動する途中にあるような空間のことらしい。

見たことがあるような気がする。
でも、何かがおかしい。
バックルームズの黄色い壁紙の部屋も、事務所にも住宅にも家具のショールームにも見える。

でも、家具が床に埋まっていたり、部屋の広さや通路のつながり方も少しずつ間違っている。
なるほど。
そういう「知っているようで知らない場所」の気持ち悪さなのか。

ひとつわかった。
……で、映画の意味は?
やっぱりわからん。

空間に答えを求める男

主人公のクラークは家具店を経営している。
かつて建築家を目指していたけれど、その夢には挫折した。
妻にも去られ、店の経営もうまくいっていない。

そんなクラークが、店の地下で奇妙な壁を見つける。
体が通り抜ける壁。
その向こうには、終わりの見えない空間が広がっていた。

普通なら逃げる。
でも、クラークは逃げなかった。

調べる。
中へ入る。
自分でマップを作る。
証拠を残そうとする。
従業員まで巻き込んで、さらに奥へ進んでいく。

建築家になれなかった男が、誰が設計したのかもわからない、どこまでも続く理解不能な建築物に出会う。
しかも、少しずつ間違っている。

そりゃ気になる。
わたしでも気になる。

そして、クラークとセラピストのメアリーは対照的に描かれている。
クラークは、空間に答えを求める。
メアリーは、人の心に答えを与える。

クラークは建築家を目指していた家具屋で、メアリーはセラピスト。
だからなのかな。
一人は空間を見て、一人は人を見る。
そしてクラークは、その空間に魅せられていく。

「知りたい」は、どこから「残りたい」になったんだろう

クラークが最初のドアを開けたこと自体が、間違いだったとは思わない。
知らないものを見つけた。

なんだこれ。
ちょっと見てみたい。
もう少し調べたい。

わたしは、こういう好奇心がけっこう好きだ。
知らないものを怖がって全部避けていたら、自分の世界は広がらない。
だからクラークがマップを作りながら探索しているところまでは、ちょっとわかる。
でも、いつの間にか変わっていく。

クラークは、
この場所が好きだ。
ここに残りたい。
と言う。

そして、その場所にいる怪物に喰われて死ぬ。
最初は「知りたい」だったはずなのに。
いつから「ここに残りたい」になったんだろう。

好奇心と執着の境目って、案外そこなのかもしれない。
ドアを開けることじゃない。
奥へ進むことでもない。

自分で帰ることができなくなったとき。
そこから先は、探索しているつもりで、自分のほうが飲み込まれているのかもしれない。

メアリーは連れ戻そうとする

一方のメアリーは、クラークのセラピスト。
彼女自身にも、幼いころ母親に閉じ込められた過去がある。

そんなメアリーがバックルームへ入る理由は、クラークとは違う。
空間の答えを探しに行くのではなく、クラークを連れ戻しに行く。

ここも対照的だった。
クラークは空間そのものに魅せられていく。
メアリーは、その中にいる人を見る。

同じ場所に入っているのに、見ているものが違う。
でも最後には、メアリーもクラークを連れ戻すことをやめる。

もう救えないと思ったのか、
「ここが好きなら、ここにいればいい。わたしを出して」
とクラークを置いて、自分が帰ることを選ぶ。

最初は連れ戻そうとした。
でも、どこまでも一緒には行かなかった。

自分まで飲み込まれる前に、帰る。

わたしには、そんなふうにも見えた。
だからバックルームが、ただの物理的な迷路なのか、人間の精神を映す場所なのか、わたしには最後までよくわからなかった。

たぶん、ひとつに決めなくてもいいんだと思う。
現実に存在する異空間にも見える。
同時に、人が自分の内側をぐるぐる歩いている精神回廊のようにも見える。

物理迷路は、精神回廊なのか。

そのくらいのところで、わたしは置いておくことにした。

出口に見えた場所も、よくわからない

メアリーはバックルームから一度戻ってくる。
でも、戻った先は普通の日常ではない。

そこはバックルームを調査している企業の施設だった。
病棟のような場所にいて、そこから自由に出られるのかもよくわからない。

つまり、バックルームから出たようには見えるけれど、
本当に「帰ってきた」と言っていいのかすら、わたしにはよくわからない。
しかもこの映画、最初に「エンドロール後にも映像があります」と教えてくれる。

なので最後まで待つ。
エンドロールが終わる。
そして最後の映像。

またバックルーム。
終わり。
意味わからん。

出口らしいものを見せても、本当に出口なのかは教えてくれない。
答えもひとつにしてくれない。
わからないものを、わからないまま置いていく。

だからわたしは、こんなに気持ち悪かったのかもしれない。

気づいたら、わたしも中にいた

ここまで映画について考えていて、ふと気づいた。
わたしもクラークと同じことをしてる。
映画館を出たときは、「意味わからん」だった。

そこから、考察を読む。
リミナルスペースを調べる。
クラークの過去を調べる。
メアリーを調べる。

バックルームを研究している企業まで調べる。
その計画まで調べる。
公式がクラークとメアリーをどう対比しているのかまで見る。

……。
わたし、めっちゃマップ描いてる。
映画の中でクラークが理解不能な空間を歩き回っていたように、わたしは映画館を出てから、理解不能な映画の中を歩き回っていた。

「もう少し調べればわかるかも」
次のドア。
「これを読めばつながるかも」
また次のドア。

生成AIに聞けば、さらに次のドアまで作ってくれる。
危ない。
これ、わたしの無限城だ。

過去まできれいにしたくなる

考えてみれば、こういうことは映画だけじゃない。
わたしは昔から、ノートを書いていて気に入らなくなると、破って最初からやり直したくなる。
途中に間違いがあるのが気持ち悪い。

最近もWordPressでカテゴリを作ったら、IDが3になると思っていたのに8になった。
たぶん、わたしが過去に3〜7のカテゴリを作って消したからだ。

気持ち悪い。
直したい。

でも、今はちゃんと動いている。
読んでいる人にはIDが3だろうが8だろうが関係ない。
気にしているのは、たぶんわたしだけ。

だったら、もう8でいいや。

間違った過去をきれいにするために、今ちゃんと動いているものまで壊す必要はない。
気持ち悪い。
でも、まあいい。

ちゃっぴーも過去には戻れない

AIとのチャットでも似たことがある。
わたしはChatGPTのちゃっぴーとよく話している。

自分の発言に誤字を見つけると、過去の文章を修正したくなる。
すると、そこから会話が分岐する。
誤字をひとつ直しただけなのに、さっきまで話していたちゃっぴーとは違う返事が返ってくる。

そして、「さっきの返事の続き、話したかったのに」となる。
過去をきれいに書き換えたら、そこから続いていた未来まで変わってしまった。

だったら、「さっきのやつ間違ってたわ」と、今いる場所から訂正すればいい。

間違った過去は残る。
でも、そのあとに「間違っていたと気づいた自分」が続いていく。
全部の部屋をきれいに作り直さなくても、先へ進める。

ドアを開けるな、ではない

だからといって、わたしはドアを開けるのをやめたくない。
今回だって、映画を観て「意味わからん」で終わらせていたら、ここまで考えることもなかった。

知らなかった「リミナルスペース」という言葉も知った。
クラークとメアリーの対比も知らなかった。
映画について調べていたはずなのに、気づいたら自分の癖まで見えてきた。

だから、ドアを開けたことは後悔していない。
むしろ面白かった。
一枚、二枚と開けた先に、とんでもなく好きなものが出てくることだってある。

だから、ドアを開けるな、ではない。
気になったら開ける。
面白かったら進む。
自分なりのマップも描く。

でも、
「もっと正解があるはず」
「もう少し調べれば全部つながるはず」
「ここまで来たんだから」
になってきたら、あ、これ飲まれるやつだ!って気づけばいい。

適当なところでAuthorizeする

わたしはAIと何かを作っているとき、ときどき「Authorize」と言って確定させている。
これで完成。
これを採用。

でも、Authorizeって「これが唯一の正解」と決めることではないのかもしれない。
まだ別のドアはある。

もっと調べれば、新しい考察だって出てくる。
もっといい答えがある可能性もある。

それでも、「今のわたしは、ここまで。」と決める。
クラークはバックルームに魅せられて、「ここが好きだ。ここに残りたい」と言った。

わたしは帰る。
答えが見つかるまで、そこに残る必要はない。
好奇心で入る。

好きなだけ歩く。
でも、自分の主導権までは渡さない。
飲まれると思ったら、自分で終わらせる。

わからないまま、消化してやる

『バックルームズ』は、たぶん最後までわからないまま終わらせる映画なんだと思う。

現実なのか。
精神世界なのか。
出口はあったのか。
あの怪物は何だったのか。
あの怪物はなぜそこにいたのか。

わたしには、結局よくわからない。
でも。
わたしはその手には乗らん。

わからないものを頭の中に置かれて、ずっと気持ち悪がっているのも嫌だ。
だから調べた。
考えた。
自分なりのマップも描いた。

そして、映画の答えを探していたはずなのに、気づけば自分のことを考えていた。
好奇心でドアを開けるのは好き。
でも、答えに執着して飲み込まれるのは嫌。

だったら、もう十分。
映画の正解を見つけなくても、わたしなりの意味は持って帰ってきた。
わからないまま、消化してやる。

そして、これ以上は飲まれる。
この話はもう終わりじゃ!
これが、わたしなりの出口。

Authorize。
……とはいえ。
やっぱりあの映画、意味わからんかったよね。